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愛の嵐-無修正ノーカット完全版-
価格:¥ 3,990¥ 3,557
OFF:¥ 433(11%)
出演:ダーク・ボガート,リリアーナ・カヴァーニ,バルバラ・アルベルティ,アメディオ・パガーニ
おすすめ度
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出演:ダーク・ボガート,リリアーナ・カヴァーニ,バルバラ・アルベルティ,アメディオ・パガーニ
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このジャンルの最高峰
このジャンルというのは、第二次世界大戦前後のデカダンとマゾの映画のことです。洋画にも邦画にも優れたモノが多くあります。舞台はナチスの狂気が終焉を迎え、その呪縛が完全に解けた1957年のウィーン。この10年前のウィーンを舞台にした名作に「第三の男」などがありますが、この頃独特の欧州の雰囲気がたっぷりです。「愛の嵐」は無修正のノーカット版になって、ようやく元の光が与えられたような気がします。劇場版やTVでご覧になった方に、本来の名作を是非お奨めします。


この世で一番好きな映画
一番…といいながら…「一番のなかのひとつ」にしておこう。
初期衝動を保ち続けて全うできる、それができたら、人間としてこれほど幸せなことはないのではないか。
この映画に匹敵する日本の映像作品は、向田邦子×久世光彦ドラマシリーズの「響子」だと思います。こちらはこちらで、「愛の嵐」とは違う余韻があります。
しかしこの映画から関連商品へすすむと、「官能モノ」系がずらりと出てくるのがちょっと…。
画質もパッケージもイマイチですが、一見の価値ありです!
作品としては文句なしの名作なのですが、このDVDの画質に関しては星1つです。同じS・ランプリングの「さらば愛しき人」「地獄に落ちた勇者ども」の画質には及ぶべきもありません。しかしながら画質の悪さを凌駕する凄まじい、ひとつの愛の形を描いたリリアーナ・カバーニの演出、D・ボガードとランプリングの鬼気迫る演技には星5つです。後半、ほとんどセリフが無くなる動物のようなランプリングの存在感(貴婦人然とした前半が見事に効果を上げている)、映画史に残る有名な裸体にナチの制服をまとって歌うシーンは、やはり一見の価値ありです。でも背表紙にまでデカデカと入っている無修正ノーカットの文字は恥ずかしいです。どうして、こうなっちゃうかなあ。予告篇付きです。


噂通りの作品です。
再発売になったので早速購入。色んな書評にあった通りの作品です。ちょっとハードな点もありますが、考えさせる作品です。


男と女の愛憎の不思議さ。日本人には遠い世界かも
戦争が終わり、ナチスが滅んで30年近くのウイーンのホテル。偶然、旅行者として投宿した一人の妙齢な女性。チェックイン。そこで、会ってはならぬ男と「再会」する。発端は30年前の大戦中、ナチが支配する世の収容所、美しく虚無的な少女がナチス幹部の娯楽のため、上半身裸、しかもナチスの衣装を身にまといなんとも退廃的な踊りを強いられます。それがカバー写真の絵です。この少女を演じたのが、シャロット・ランプリング。痩せた体に小さな乳房、一種異様な雰囲気、顔はどこまでも無表情なままで隠微な踊りをナチスの前で興じる。悪夢のような世界。圧倒的に衝撃的で印象的なシーンでした。女性監督ゆえの感覚かもしれません。再会した二人は当然のように驚く、ふつうなら嫌悪感を抱くところでしょう。そうならないのが男女の不思議な愛憎なのだろうか。罵りあいながらも、いつしか二人は禁断の愛の世界に身をゆだねる。まるで麻薬患者のように溺れる。しかし、それはその先の二人を待ち構えている「死の世界」への入り口だった。それでも二人は前に進む。相手役のダーク・ボガートの抑制した演技が光った。普及の名作だと思いますが、日本人の感覚ではついていけない部分もあるかもしれません。そして、ある程度の歴史知識、とくにウイーンという都市の知られざる側面の知識とユダヤ人差別の歴史知識ががないとがないと全体の構造が理解しずらいかもしれません。しかし、私はこの一作でシャーロット・ランプリングのフアンとなり、この映画の持つ不思議な吸引力に引き寄せられ続けています。


ナチズムの狂気のただ中に、歪んだ愛を育んだ男女の悲劇的顛末。かつてナチスの将校だったマックスは、今はホテルの受付係としてひっそりと暮らしていた。ある夜、そのホテルに宿泊したオペラ指揮者の妻を見るなり、マックスは驚愕する。その女性こそ、戦中の強制収容所でもてあそんだ少女、ルチアだったのだ。暗く凍てついたウィーンの街に、逢ってはならない2人は運命的な再会を果たし、再び愛欲の世界に溺れていく…。 リリアーナ・カヴァーニは、TV番組の取材を通じてその事実に行き当たり、題材を借りてデカダンスの化身のようなこの作品を作り上げた。交錯する過去と現在。入り乱れる官能と耽美。監禁する側とされる側の関係性が、再びあの狂気の時代へと呼び戻される道程は、見るものにも同様の痛みを要求してくるかのような濃厚さだ。シャーロット・ランプリング扮するルチアが、ナチス将校のパーティでサロメのように歌い踊るシーンはあまりにも有名。そのすべてが衝撃的な作品だが、とりわけ残酷なラストシーンは、浄瑠璃の道行のようで儚い。(麻生結一)
